
いやー。人生何が起こるかわからんね。
大病をしたことで左足が部分的に麻痺した状態になったのですが、これは一時的なものではなく、ほぼ症状としてこの状態で固定されるようです。
つまり、フットワークがこれまでのようにはいかなくなってしまった、という。
例えば
今現在は特に、車の運転ができないので「ちょっと丹波行ってくるわ!」とはいかなかったり
「ちょっと畑行ってくるわ!」も、畑の畦を歩いたり、圃場にお邪魔したりがしにくかったり
畑のお手伝いも、今まで以上に足手まといになるのが目に見えていたり(悲しい…)
また、給食食材の納入では特に、野菜を大量に入れたコンテナを抱えて運ぶ機会がありましたが
足元が危ういので、それも危なっかしくなるだろうなぁとか。
大量に出荷があるときも、車への荷物の積み込み作業など難しくなりそうです。
ちょっと想像しただけでも、いろんな支障がありそう。
気が重いです。
しかし、逆にこの左足になったことで気づいたこともあります。
杖ユーザーの方の視点に立てるようになったこと。
駅や商業施設に行ったときに、思いのほかバリアフリーが整備されていないことに気づくようになりました。
これまでなら何ともなかった、一段二段ぽっちの段差を忌々しく感じたり
反対に、エレベーターを「楽をするため」ではなく「必須のもの」として感じたり。
(エスカレーターは異様に動きを早く感じて怖いのでハードルが高い💦)
また、娘のオープンスクールで学校に行く機会があり、そこではあるママさんに気づきをもらいました。
担任の先生が特別に椅子を出してくださったので座っていたのですが、これまで親しい方かと思っていたママ友とは、うっすらと少し距離を感じました。
足が悪い=関わるのが難しくなっちゃったなーと感じさせたのかもしれません。
逆に、娘が幼稚園の頃から一緒でありながらこれまであまり話す機会のなかった方が、帰りが他の方と一緒になると混み合ってよくないと考えて早く席を立った私をわざわざ追いかけてきて
「大丈夫ですか?門まで一緒に行きますよ」
と声を掛けてくれ、靴の履き替えやスロープの傾斜などで気遣ってくれました。
聞くと、お母さんが身体が不自由で、普段からそういった方の不便に接しているのだそう。
杖を片手に一人ひょこひょこと歩いている私には
隣についてくれているだけでもとてもありがたく、心強い思いがしました。
こういう気遣い、五体満足だった頃の私にはできたかなぁと思い返し
「いや、ここまで自然に寄り添えたことは多分なかったな……」
と、今になって反省するしかないですが
仕方がないです。当事者にならないと見えないこと・分からないことが多すぎて。
とすると、当事者になった私には見えている視点ってもしかして貴重なのでは?
この当事者視点、活かさない手はないのではないかと思いたち、
起業して23年目にして一念発起。
一度ちゃんと福祉の勉強をして、仕事の方向性を福祉方面に振ろうと考えました。
まずは福祉住環境コーディネーター2級の検定合格を目指し、テキストを用意。
福祉住環境コーディネーターは、
高齢者・障害者など心身に困りごとのある方々が自分らしく過ごせるために、自宅の不便な箇所の改修や、福祉用品の提案をするための知識をもった専門職、という仕事です。
さっそくテキストを読み込んでいますが、今私が置かれている環境で触れることのある話題が多く
「あ、これはあの制度のことだな」
「これはあの人のことか」
と、実際の例でイメージがしやすくて、するする頭に入ってきます。
この検定に合格してどうするか?は、また追々。
まずは福祉について知識ゼロですので、体系的に学んで知識を入れるところから、のつもりで、11月に行われる試験に照準を合わせて試験勉強頑張ります。
今までやってきた旅する野菜畑レッドビーンズについては、お客様も、農産物を出してくださる生産農家さんもいてくださいますし、これまで積み上げてきたものも山のようにありますので、フットワークありきで運営していた部分は形を変えて、可能な形で継続していきたいと考えています。
今年は何かと激変する一年になりそうですが、変わるべきところは積極的に変えて、頭やわらかく頑張ってまいります。
どうぞお力添えをよろしくお願いします。
ほんと、人生何が起こるかわからんです。
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