—当時の記憶がないので、冒頭から家族による伝聞です——-
1月某日の晩。
食卓には私が作った揚げたての唐揚げ。
さぁと家族で平和に食べようとしていたところーーー
突然、私の身体に急激な痛みと痺れと吐き気が出たようで
よろよろとソファに移動するや「救急車呼んで!」と家族に頼み、
救急車到着を「早く、早く!」と待つ、待つ、待つ………
と、そうしているうちに救急車が到着。
救急対応の病院にすぐさま搬送され
そのまま夜を徹しての緊急手術となりました。
病名は「大動脈乖離(だいどうみゃくかいり)」
全身に血液を送る役割の太い血管が裂けることで
胸部や背中に激痛が走り、放置すると死に至ることもあるという緊急性の非常に高い疾患です。
さらに、その影響から脳梗塞も併発し、
救急車を待つあいだに足のしびれも出始めていたようす。
—ここまで、家族からの伝聞でした——-
手術から丸二日を経て麻酔から覚め、
気がつくと、集中治療室のベットの上。
11時間もの大手術の末
幸い命はとりとめたものの
脳梗塞の後遺症で左足が一部感覚を失い、麻痺状態になってしまいました。
そのため自力で歩くことができず、移動は車椅子。
その病院は救急外来対応の急性期病院でしたが、リハビリ室もあり
午前と午後に専門家の方によるリハビリもありましたが
筋力の衰えから車椅子から立ち上がることもできず、
平行棒につかまり立ちすることもできないほど、身体はへろへろな状態。
リハビリになりません。
まさか自分がこんなことになるとはーーなんですが
それを「ショック」とも感じないほど
頭の中は脳梗塞の影響から何だかはっきりしない感じで
自分に降りかかった現実の受け止めまではちょっと意識が追いつかない、そんな状況。
そうするうちに大動脈解離に関するケアは一段落したようで、
今度はへろへろの身体を自立できる状態まで回復させるべく
リハビリに特化した、回復期リハビリテーション病院への転院の話がありまして。
車椅子のまま乗れる介護タクシー(初見。そんなのがあるんだ!)に乗って
2月某日、転院することになりました。
転院する病院は2軒選択肢があったのですが
中学生の娘が自転車で気軽に顔見せに来られるようにと、自宅近くの病院を選びました。
そこは主にリハビリをしながら退院・自分で生活できる状態への復帰を目指す方が
入院しておられる病院で
理学療法士・作業療法士・言語聴覚士という
各分野のリハビリの専門家の方のサポートを得ながら
1日1時間×3コマのリハビリ時間を中心にした入院生活を過ごすことになりました。
<つづく>
大病してました〈1〉
個人的なはなし
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